CALENDAR
S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< July 2017 >>
ARCHIVES
CATEGORIES
RECOMMEND
フェイスブック
投資用不動産のノウハウ!!
採用情報!!
ウェーブハウスでは事業規模を拡大させるため、スタッフを募集しています。不動産という国民の最大の資産を取り扱う素晴らしい職業です。 また、不動産投資のノウハウも学べるため、お金持ちへの第一歩を踏み出すきっかけになるはずです。一度きりの人生をウェーブハウスのスタッフと夢を追いかけてみませんか。 営業を補佐する事務担当のスタッフを探しています。
採用情報
社長 市川 周治が語る仕事への熱き思い
ゼロから始める不動産投資
IMG_5294.JPG
MOBILE
qrcode
玉井宮
R1084859.jpgR1084860.jpgR1084861.jpgR1084863.jpg


玉井宮は、元来、児島半島東端の児島郡小串村大字光明崎(現・岡山市南区小串)に鎮座していた。応徳2年(1085年)当地に玉井宮として移転遷座した。この時の祭神は豊玉比売命1柱のみであったと伝えられている。

玉井宮遷座にはつぎの伝承がある。遷座した年の応徳2年、社頭より夜ごと怪しい光が発せられ、このため魚が寄りつかなくなり漁師は不漁で困っていた。そこで神前にお伺いをたてたところ、「御幣が舞い上がり、飛んで立ったところに遷座するように」との御神託があった。その御幣が立ったところを幣立山と呼び遷座した。そして、この宮を「玉井宮」または「玉の宮」と呼ぶようになった。

正保2年(1645年)岡山藩主池田光政は、この地に東照宮を勧進した。また、玉井宮は前の広場(現在の駐車場)に移転された。江戸時代になって玉井宮の祭神として、新たに彦火火出見命、玉依比売命の2柱が合祀された。

上記のように、玉井宮と東照宮は場所を同じくしていたが別々の神社であった。明治時代になり、明治14年(1881年)玉井宮と東照宮が合祀された。社名は玉井宮東照宮となり、県社に列格した。明治33年(1900年)旧玉井宮の建物を移転し、拝殿の建立が行われ、境内が整備された。

太平洋戦争末期の昭和20年(1945年)6月29日未明の岡山空襲では、本殿や鳥居に焼夷弾が落下し一部破損したが概ね無事であった。平成元年(1989年)1月31日未明に不慮の火災により、幣拝殿・神饌所・社務所・参集所などを焼亡した。その後5年の歳月を掛けて再建された。
大きな地図で見る
岡山不動産売却のことなら ウェーブハウス
| 神社 | 16:47 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
| 1/1PAGES |